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Q6-1
「いじめ自殺」の報道を見ていると、学校や教育委員会が、被害者や遺族の主張を無視し学校側の立場で事件を収束させようとしたために、世論の非難を浴びて態度を改めるというパターンが続いて起きています。 何故学校は、同じ失敗を繰り返すのでしょう?弱者の立場に立てない学校へ、愛する子供や孫達を預けて心配ではありませんか? いじめを認めない、いじめを止めさせる事や被害者への謝罪ができない学校に対するご意見、ご感想をお聞かせください。
 近年、民間企業ではコンプライアンス違反というものに非常に敏感になっています。一度、法令違反やごまかし等が発覚すれば、例え事故など発生していなくても、 企業は精神誠意謝罪し問題解決を表明します。勿論、謝罪で済む問題ではありませんが、初動で謝る姿勢を表明しなければ、社会が許してくれないようになっています。ところが社会的な大問題になって「いじめ防止法」が制定された後でも、 教育界では、実際にはあったいじめを無かった事にしたり嘘をついて隠そうとしたりする学校や教育委員会が後を絶ちません。一生懸命解決をしようとしている学校がある中で、一部の学校が、教育界全体の印象を悪くしているという印象です。
 ところが会員様からは、それは「事なかれ主義が教育界に蔓延しているから」とか、「指導能力の欠如を指摘されるのを恐れ、保身に終始している」からだという 日本の教育界全体の体質問題を指摘するご意見が多く寄せられました。
学校の立場では、いじめがあったこと自体、認めたくない、認められないことなのではないかと思います。加えて、職務上の責任まで問われるのではたまらない、というところではないでしょうか。
事なかれ主義が教育界に蔓延しているから。
同様又は同類のご意見、他にも数件あり
学校や組織は、保身ばかり優先して、客観的に何が起こっていて、どうすればいいのかを考えられないようにみえる。それでは、いつまでたっても、解決法が見つからないと思う。
学校は、保身を優先しているというご意見、他にも数件あり
学校がいじめを認めることで、校長や担当教師の指導能力の欠如を指摘されるのを恐れていると思う。自己保身に終始し認めないことを前提に調査する・・と発言している。
いじめ=教師の指導力不足=校長の管理者能力の欠如=市教育部の任命責任という風にいじめを認めるとみんなが連帯責任になるかの様な錯覚を起こして丸く収めるには「あったことをなかったことにする」 ←これは国のトップからしての慣行。で、実際に本当は殆ど誰も責任をとらないし負わない。まずもって失職することなど無い。
いじめがあった事を認めれば、責任をとらなければならないから、できるだけなかったことにしたいのが学校の立場なのだと思う。いじめはどうして起こるのだろうといつも思うが、学校だけの責任ではないと思う。
携帯が普及している今は目が届かないところでもいじめが行われていて周りの大人が把握できないことも理由の一つだと思います。でも普段から親と先生が交流を持っていれば学校での様子もわかり少しは違うのでは? 卒業して30年近くになりますが、娘や息子の先生とは未だに交流がありますよ。
要は、学校の現場は、子どもたちの間に何が起こっているのか全く分かっていないということなんですね。だから簡単に謝罪ができないのでしょう。私の30歳前後の子どもたちの頃は、いじめも聞かなかった。 学校、教師の体質が、いじめを生み出すこともあるかもしれません。
ここまで批判が広がっているのに、まだ担任や学校、教育委員会などは逃げている。少しでもいじめの気配が見えたら積極的に対応すべき。
いつも子供や親の立場より、自分主義が非常に強く感じます。自分たちは教育者という立場を誤解しているのだと思います。
いじめが発生した事実に対して、被害者や家族の思いを考えず、学校側の立場だけを考えて物事を進めるのは問題があると思います。
責任のたらいまわしや隠ぺい体質が浸透している。教育界だけではなく、公務員全体にも同じ体質があるようにおもう。
学校、教員が一番困っていることは「いじめ」問題等ではなく、日常的に起こっている教育実践への管理・統制ではないだろうか。 子どもの立場に立った教育実践の自由がないところに「いじめ」問題をはじめとする様々な教育問題を克服する「力」は出てこないのではないか。

 次は、教師に関するご意見をご紹介します。教師が抱える仕事が多すぎる事が、いじめの放置を呼ぶのではというやや同情的なものから、教師の質が低下していることが、 同じ失敗を繰り返す原因になっている、再教育が必要だ等の手厳しいものまで、こちらも数多く届きました。代表的なご意見をピックアップします。

教員は忙しすぎて面倒な事はあまりかかわりたくないように思います。仕事量をもう少し減らして余裕お持たせてあげたらいいと思います。それと教員社会は一般社会とのずれがあるように思います。 再養育するべきではないでしょうか。
狭い閉塞した環境で仕事をしているため、考え方も皆同じようになるのでは?最近の先生は教育委員会からの課題が多かったり、部活動に休日も奉公しなくてはならなかったりと余裕がなくなっている。 もっと生徒に余裕を持って対応できるよう教育委員会が環境を整えるべきなのでは?
教師の仕事が多すぎるのではないか。
同様のご意見、他にも数件あり
国の成果主義の為に教師が保身の為に現実をねじ曲げているのが現状である。教育を担う教師のサラリーマン化に問題がある。いじめは今に始まった事では無く、昔からどの学校にもあったが、 過保護過ぎる考え方にも見直す必要があるのではないかと思う。
教師の質が低下している。今の子どもにあった教育の仕方の知識がなさ過ぎる。教員免許も更新テストなど設けるべき。知識以前に、人間性も判断されるべきだし、教師同士ばかり付き合い、 浮世離れした教師が多く感じる。教師の子どもをきちんと見て変化に気付ける時間の余裕も必要。いじめという呼び方をもっと厳しい表現に変えるべき。 いじめをなくす事は不可能だと思うので、逃げ道を確保して、それでも変わらず学校へ通える別クラスなど設置してほしい。
最近の教師の資質が低くなっているような気がします。人を教育する職業なのだからそのことをもっと自覚を持って教職についてほしいと思う。
同様のご意見、他にも数件あり
教育に携わる人間の「質の低下」が一番の原因だと思います。即ちそれは「教育そのものの低下」従って今の教育自体を変えなければ解決しないと考えています。
教育に携わっている者としての自覚に乏しい。以前、地元中学校で暴力事件があり、被害者側の生徒の親が警察に被害届を出そうか悩んでいたが、校長は個人の問題とし、 校内でおきた事件にもかかわらず学校とは無関係の対応にしようとした。教育者になってはいけない人材が、教師と言う職に就いてしまっていることが問題の根本にあるのではないか。
先生のえこひいきが酷く、それが原因でいじめが始まり、いわゆるいい子だけが先生から可愛がられ先生とグループ化しいじめが酷くなり、 学校や教育委員会に言っても受け付けてくれない事象が多く対応に困ります。
教師にえこひいきがあるというご意見、他にも数件あり
教職員になる前の段階でいじめへの対処法を学ばせるべき。是非の判断が出来ない教職員が教育現場に蔓延しているのでは?
教師採用時の適正の見極めが必要というご意見もあり
教師の教育に対する姿勢、上司や保護者への忖度が問題。社会性のない教育関係者が多すぎるのでは?
世間の常識とのズレが対応を誤らせているというご意見も
教師が、生徒一人々に対して把握してない事が大きな原因だと思います。又、いじめが、学校側の立場が悪くなる事が恐いのではないでしょうか? 愛する、孫達がいじめに合わないようにみんなで実態を把握しなくてはならないと思います。
いじめで自殺に追い込まれるほどの被害者、その自殺に至るまでの経緯を担任や他のクラスの教師が全く知らぬ存ぜぬということはあり得ないと思います。 いじめを止めさせるのが教育者として義務と言っても過言ではありません。やむを得ず事件が起きたとしたら、被害者の保護者達にも絶対謝罪するべきです。
被害者の保護者達に謝るべきというご意見、他にも数件あり

 次のページでは、いじめ被害者や遺族の主張を無視したり学校側の立場で事件を収束させようとする原因に関するご意見や親にも責任があるというご意見などです。

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